センス
センスって何でしょう。
英語では五感を意味する単語ですが、日本語では「センスがある」「センスがない」という使われ方をします。
ウィキペディアによると「美的感覚」とか「才能」という意味だそうです、
「何となく伝わるけど説明が難しい単語」
といったところでしょうか。何か釈然としません。
目の前に、ある抽象画があります。
描いた人は、「自分の見ている世界というか、内面というか本質」という難しい事柄をテーマにしています。
①目で見えているもの。頭の中にあるもの。
②頭の中で分割、統合、抽象化。
③手や筆、絵の具と、その配分を計算して再現
(④プレゼンも必要??)
制作者として、どこにセンスが必要だと思いますか。
①ですか。
②ですか。
・・・・
それは、あなた自信が無いところだと感じませんか。
①観察力・発想力
②思考力・分析力
③ツール等を使用した手作業
・・絵画の制作プロセスも、いろいろな分割の仕方があると思いますので、この限りでは無いとは思います。
誰かの、
何かの能力にセンスを感じるのは、おそらく自分に無い(と思っている)ものだから。
遺伝的な要因もあるかも知れませんが、
センスとは、彼、または彼女の努力によるものだと思います。
ある会社で、「自分にはセンスが無い」と言う方がいました。
たまたま、社内でもトップレベルの集団の中にいたから、単純に自分のセンスが無いように思えていただけで、私のような凡人から見れば、何がセンスなのか解らないのが普通なんです。
言わば「視点の問題」で、エベレスト登頂を、登山者の目線で見るか、南極大陸のペンギンが見るか、あるいはISSから見るか位、差があると思います。
南極からは見えないため、何が凄いのか理解できず、ISSからは、かなり見下ろす事になります。
前述の「センスが無い」と言った方は、登山者であるからこそ、エベレスト登頂の価値が理解できるのだと思います。つまり自身で「センスが無い」と思う事は、そんなに悪い事では無いのではないでしょうか。
ただ、教育の現場で「お前はセンスが無い」という言葉は、
そのまま
ものを教える「センスが無い」
と思われています。
どんな人でも、自分の物差しでは他人は測れません。
もっとスケールが大きいかも知れないし、
もっとグニャグニャしていないと測れないかも知れません。
他人を理解する事は、ペットボトルの底に残った水の量を、方位磁針で測るより難しい(by俺式)
自分、または他人のスケールで判断できる位まで成長して、そこで初めてセンスを語れば良いのです(ここまで来れば、センスは必要ないかも知れませんが)。
センスで思い出しましたが、五感を超える、超感覚的ものが登場してますね。目覚めたいような、目覚めたく無いような・・